*初恋(2)*
話の流れ上、二人はちらっとリシャールの方へ目をやった。
リシャールは一通り挨拶をすませるとそれ以上はほとんど口を開こうとはせず、アル・ハーン第一大臣が言うことに無表情のまま軽くうなずく程度で、自国の者に対しても冷めた態度で接していた。シャイアやメロルには親しげな様子を見せたリシャールだが、もともと口数の少ない寡黙な男でしかも冷笑癖があるため、ごく控えめに言っても"パーティに是非いて欲しい"人物でないことだけは確かだった。アウラスもよくしゃべる男ではなかったが、たまに口を開くと印象的な言葉が多くユーモアのセンスも持ち合わせているので、サロンではいつもひっぱりだこである。同じ無口でも、リシャールとアウラスは相当その性格に違いがあった。
「リシャール王子の初陣は確かに印象が鮮烈でしたね。わが軍でも別の意味で印象的な戦でしたが…。モンターニュ伯爵が重傷を負ったことといい、予想の範囲をはるかに超えた大損害を被りましたよ。あれからもう四年も経つのですね。」
「あの戦はウォン・ハイとアシリッド、地の利を得たもの同士の激突と言っても良いな。確かに、あの時はラウディニアの損害のみが大きかった…。今から考えると、兵站準備から協力した我がベルニカも含め、リシャールの引き立て役だったかと思ってしまうぞ!お前ももちろん覚えているだろうが、彼奴が砂漠を一日で越えてきた行動力といい、半日も沼地で待ち伏せた忍耐力、指揮能力、まったく並の男ではないわ。」
「私も、そういう作戦だったとはいえ、本当に沼地に別働隊が潜んでいるのか、今だから言いますが正直に言って半信半疑でした。最悪アシリッド軍がいなくても戦えるよう考えてはいましたが、あそこで援軍がいるのといないのとでは士気の上がりようが全く違いますからね。アシリッドから砂漠まわりで国境を抜け、更に先回りして沼地に入り、我々がウォン・ハイを追い詰めるのをじっと待っているなど、考えつきはしても今まで実行されたことはありませんでしたし。」
「しかもそれをわずか17歳の、初陣の王太子自らが軍を率いて実行したのだからな。アシリッドという国は全くわからん国だ。そんなことをして、世継ぎの王子の身になにかあったらどうするのだ。いくら先頭きって国を守れないような男は王として認めぬ、という伝統があるからといっても、あれはやりすぎだろう。リシャールに弟ができそうだという話も聞かぬし、たった一人の息子のことをどう思っているのかな?あのアブドゥル王は?放任主義、実力重視思想の持ち主とは言え、物には限度というものがあるわ。…ときに、ダレン・ヴァウルよ、そのことについて私には一つおもしろい仮説があるのだが聞いてくれるか?」
そこでニコラウスはまた茶色の目を輝かせた。38歳であるにも関わらず、そういう顔をする時のニコラウスはとても少年めいて見える。
ダレン・ヴァウルも叔父につられてか、その美しい顔に悪戯っ子のような笑みを閃かせた。
「私が敬愛する叔父上の話をお聞きしなかったことがありますか?いつも叔父上を模範としておりますのに。」
「よう言いおるわ、兄妹揃って私を食い物にしおって!だいたいなあ、お前が以前から欲しい欲しいと言うからリリアンヌも味見せずにとっておいてやったのだぞ。もう少し感謝したらどうだ、感謝を!」
「肝に命じておきましょう。それで、仮説とは何ですか?」
「あ、ああ、そうだったな。ダレン・ヴァウル、もっと近くへ来い。大きな声では言えぬことだ。」
ダレン・ヴァウルは軽く眉根を寄せたが、仕方なく、といった態で叔父に従った。それでは「他人に聞かれたくない話をしています。」とわざわざ広言しているようなものである。しかしニコラウスは意に介す様子もなく、ダレン・ヴァウルに耳打ちする。
「…リシャール王子は、二人いるのではないか?」
ダレン・ヴァウルは即座に叔父から離れた。
「否定はしないのだな。お前もそう思ったのか?」
「そう思えば筋が通ることはいくらでもありますからね。しかし、そんなことが可能でしょうか?公式に隠し通すようなことが。」
「私がお前に聞きたいのは、お前がそう思ったかどうかだ。可能にする手段など、いくらでも調べる方法はある。正直に言ってくれ。お前は直感でそう感じたことはあるか?」
「あります。あまりにも違いすぎますから。」
「お、なんだシャイア。そのふくれっつらはどうしたのだ?」
ダレン・ヴァウルとニコラウスが話しているところに、シャイアがまっすぐにやってきた。ニコラウスの言う通り、少し怒ったような表情をしている。
「『なんだ』ではありません。今叔父上は、思いっきりシャイアの方を見ながら兄上に何か耳打ちなさったではありませんか!また叔父上は私の悪口をおっしゃったのでしょう!」
もちろんニコラウスはわざとそうしたのだが、シャイアが見事に引っかかってくれたので一瞬得意満面な顔をダレン・ヴァウルに向けて見せた。「私がすることに抜かりはないのだ。」という声がダレン・ヴァウルには聞こえたような気がする。そしてすぐにニコラウスは「若い姪をからかう叔父の顔」になって、楽しそうな笑みを浮かべながらシャイアの額を指で小突いた。
「また、とは失礼な言いぐさだな。いつ私がお前の悪口を言った?」
「しょっ中おっしゃっているではありませんか。センスが悪いとか音痴だとか野生児だとか。今日はどれですか?私は歌も歌っていませんし、今夜はちゃんとドレスも着てましてよ。また新しい悪口を思いつかれましたの?」
シャイアがその様に話し出すと、特に声が大きいというわけではないのだが、自然に周りの注目を集めることになる。今もフロア中の人々が聞き耳を立て、叔父と姪の会話に興味をそそられていた。
「いや、別になんでもないのだ。ささいなことだ。気にするな。」
「なんですの、白々しい言い方をなさって!叔父上が勝手におっしゃるのは結構ですが、兄上にこそこそ陰口をなさらなくてもいいじゃありませんか!」
シャイアは頬をふくらませて、すっかり憤慨している様子である。その率直な反応がニコラウスには面白くてたまらない。
「そうか、お前がそんなに言うなら教えてやっても良いが、傷つくのはお前一人だぞ。聞かない方が幸せだと思うがな。」
「そこまで聞いたら余計に気になります!早くおっしゃってください!」
「お前とリリアンヌのことだが、本当に言っても良いのか?」