*聖婚の儀(12)*
シャイアが何か言う度に大いに沸き返っている群集を遠目で見て、さすがにリシャールも驚きを隠すことができなかった。
「すごいな。どうしてこんなに人気があるのだ?」
感嘆の表情で傍らのメロルのほうを見る。メロルは控え目な口調ながらも、つい言葉の端々に誇らし気なリズムが出てしまうのを抑えられなかった。
「一年に一度、国王陛下の王都視察にシャイア様はご一緒されますので、エルファの民は何度もシャイア様を間近で見ているのです。その視察では、エルファの生活を知りたいと自らおっしゃって、お小さい頃から、麦の種まきやパン作り、役場の帳簿つけなどを半日ほどですけれども体験なさっています。…ああいうご性格でいらっしゃいますから。」
リシャールは少し目を細めて、メロルの次の言葉を待つ様子である。メロルは、どこまでお話して良いものだろうか?と思いつつも、つい話を続けてしまう。
「今回パレード用のドレスをお作りになる時も、最初かなりゴネられたのですが、『国民が他国よりみすぼらしい王女を見たらどんな気持ちになると思うのか』とダレン・ヴァウル殿下がおっしゃるとすぐそれなりに高価なものを身につけることを承諾されましたし。とにかく民衆を大事になさるので、人気のほうも止まるところを知りません。」
「高価なドレスをお嫌いになる姫君とはまた、世界広しといえどもシャイア姫くらいだろうな。」
メロルはすっかり目を輝かせて、身を乗り出すようにして自ら仕える姫君の自慢話を続けた。
「…それにもエピソードがございまして。
ラウディニア国民なら誰でも知っている話なのですが、王妃様の喪があけた頃ですから姫様が11歳の時 …御母君を想うあまりのことだと思うのですが、 王妃様がお召しになっていたのと同じドレスを着たいとシャイア様がおっしゃったらしいのです。すると、おそらくその気持ちをお察しになった上であえておっしゃったのでしょうが、 ダレン・ヴァウル殿下がお叱りになったのですよ。
『そのドレス一着で国民一人が一年はくらしていけるのだぞ!軽々しくねだるのではない!』
と…。そのお言葉が、姫様にはかなりおこたえになったらしく、その夜シャイア様が泣きながら御自分のお召し物を持って馬に乗ろうとされるのを、みんな必死になって止めたとか…。人々に下賜されようとなさったらしいのです。
そのような話が姫様には山ほどありますから、国民のほうでも姫様を愛さずにはいられないのでしょう。」
「…確かに、愛すべき姫君でいらっしゃるようだな。」
リシャールは少し目を細めたまま、透かし見るようにして群集の只中にいるシャイアの方へ視線を投げた。リシャールとシャイアの間にはリリアンヌの国"海の宝石"ベルニカ王国の列席者達が20人程と、護衛兵10人程がいるため、シャイアの様子はあまりよくわからない。しかし、だいたいどんな姿でいるのか、というくらいはそこからでも見て取れる。
「それでは今日は、シャイア姫の初めてのドレス姿を見られたということになるのか?」
「ドレスらしいドレスはおそらく初めてでいらっしゃるのではないかと…。そうですね、王妃様がお亡くなりになってからは、どちらにせよ初めてだと思います。」
「…あまり関心のなさそうな言い方だな。似合っていらっしゃらないのか?」
どうやら、メロルよりもリシャールの方が洞察力に優れているらしく、観察しているつもりのメロルから、リシャールは思うが侭に情報を入手していた。メロルも自分ばかり話してしまっていることに気づきつつ、つい正直に先を続けているのである。
「…いいえ、とてもよくお似合いでした。私もすぐ近くでお見受けしたわけではないのですが。」
「メロル殿にとっては、乗馬服姿の姫君も充分お綺麗なのに、何を今更みんな騒いでいるのか、と言いたいのだろう?」
「え?!」
メロルは驚いて不躾にあたるくらいまじまじとリシャールを凝視してしまった。リシャールは別に気にする風でもなく、いつも通りの涼しい顔をしている。
「…確かに、その様に思っておりますが…リシャール殿下、私は別に、姫君に分不相応な感情を抱いているわけでは…」
「そんなことは言っておらぬ。…ただ、私と同じことを考えているのだろうと思ったまでだ。」
「え、あの、では…」
「ドレスを着て美しい姫君はそれこそ星の数ほどいるだろうが…乗馬姿が美しい方はあまりいらっしゃらないからな。…別に、これはダレン・ヴァウル殿に報告してよいぞ。リシャールがシャイア姫のことを美しいと言っていたとな!貴殿が今ここにいるのは、そういう役目だということなのだろう?当然のことだから、構いはせぬ。好きな様に報告するがよい。とにかく昔のことはどうあれ、私はシャイア姫を気に入っている。アシリッドとしてはまだ父上の気持ちが定まっていないようだが、私は姫君を妻として迎えたいと思っている。よいか、しっかり報告しておいてくれ。ダレン・ヴァウル殿がどんな反応を示すのか、今から楽しみだ。」
そう言ってリシャールは、戦場においてメロルがイメージしていた通りの冷たい微笑みを浮かべた。メロルの頭に、昨日のシャイアの言葉が不意に蘇る。
「リシャール様のような方のことを陰険というのです!」
…やはり、姫様には本質を見分ける力がおありなのだろうか、とメロルは考える。
…それにしても、複雑な性格の御方だ。私ごときが見定められるような方ではないようだな…。私には、ダレン・ヴァウル殿下にご報告する位が関の山だ。
そう考えたメロルは、その後しばらく無難な話題を探しながら言葉を繋いでいた。しかし、アシリッドの側近がリシャールに何やら耳打ちしてからというもの、リシャールは憮然とした表情で黙り込んでしまったので、パレードはメロルにとってかなりの苦行となった。メロルは思わず、シャイアの側にいるアウラスをうらみそうになってしまった。
しかし、そのような窮屈な思いでいるのはどうやらメロル一人であったらしく、パレードはつつがなく進行していた。シャイアのところが一番賑やかだとは言っても、それは相対的なものであって、他のところが華やかでないはずはない。
近衛兵達は全員目にも鮮やかな純白の制服に身を固め、乗っている馬もすべてより抜きの白馬で、春の柔らかい日差しの中、まるで神々の使徒達のように光り輝いて見えたし、ラウディニア貴族達は国のカラーである針樅色と金色をあしらった正装で、金の縁飾りが規則正しい歩みと共にきらきらと光を反射させている様子は、誠に上品で美しかった。またファッションセンスにおいては人後に落ちないベルニカの王族達は、それぞれ少しずつ明度の違うブルーの正装を身につけ、マントの白い縁どりが風にひるがえる度に、まるでさざ波がたつかのような印象を与えて、見るものの目を楽しませた。
このラウディニア・ベルニカ・アシリッドの同盟三国以外にも、現在友好関係にある諸国の王族達、大使達がそれぞれの国らしいいでたちでパレードに参加しており、王都の道は自然が作り得る全ての色であふれかえっていた。
しかし、やはり最も華やかなのは主役であるダレン・ヴァウルとリリアンヌ、この上なく美しい新郎新婦であった。
と言っても、二人が特別奇抜な衣装を着ていたわけではない。むしろ他の人々よりもクラシックな、伝統的な婚礼衣装を見につけていただけなのだが、二人が通りすぎる時、見物の人々は何も言葉を発することができず、ただため息をつくばかりだった。そしてその屋根のない花馬車が遠くなって初めて、人々は歓喜の声をあげることができたのである。目の前を通ってはいても二人の様子はこの世のものとは思えないほど神秘的に美しく、まるで神話の神々の婚礼であるかのように、人々は息をすることさえ忘れてその姿に見入ってしまったのだった。
実際、後になって「お二人を見たために病気が治った。」だの、「目を患った者もお二人のお姿は見ることができた。」だの、様々な奇蹟物語がまことしやかに語られたものである。
このパレードの話だけで、ラウディニア国民は一年間は話題がつきないだろうとも言われ、この日ほぼ大多数の人間は、「生涯で忘れられない一日」を過ごしたことになったのである。