*聖婚の儀(9)*
そして、男達三人が更に詳しい計画を練っている頃。シャイアは自分の寝室に入り、暖かいベッドの中で今日あったことを思い返していた。文字通り"お姫様"であるシャイアには男達のような穿った考え方などできるはずもなく、「リシャール様はいろいろ大変な目にあわれたのに、私は7年前のことを未だに根にもって、失礼なことばかり言ってしまった。」と反省していたのである。
「特に、セイリーンのことはどう考えても私が一方的に悪い。」
シャイアは思わず口に出してしまった。"一方的にシャイアが悪い"事件がおこったのは、国王との謁見の直前である。思い出しただけでシャイアの気持ちはふさぐのだが、あえてシャイアは思い出すことにした。それは、時間にすればほんの4,5分の出来事であった。
うれしそうにリシャールと話すメロルに腹を立てながら、シャイアは王宮へと続く緩やかな坂道をゆっくりと上がっていった。そしてなんとなく塞いだ気持ちのまま、その厳めしい門をくぐり、愛馬セイリーンに合図をしてその背から下りようとした。が、下りる動作に入ったというのに、セイリーンが勝手に歩き出したのである。もちろんそれで落馬するようなシャイアではないが、愛馬に自分の意思がうまく伝わらないという経験は、セイリーンに乗れるようになってから初めてのことだったので、シャイアの受けた精神的ショックは大きかった。
「ど、どうしたの、セイリーン?私今、歩くなんて言ってないのに。」
そして、セイリーンが進む先を見ると、そこにはすでに下馬したリシャールがいるではないか。シャイアは必死にセイリーンを止めようとした。しかし、いつもならシャイアが指示を出す前にその気持ちを汲んで動いてくれるほど心の通じ合ったセイリーンが、シャイアの言う事を全くきかなかったのだ。しかも、リシャールが何か指示をだしているわけでもないのに。それは完全に、セイリーンの意志であった。そのことにシャイアはひどく傷ついたため、必要以上にきつい表情と言い方をしてしまったのである
「リシャール様!どういうことですか?!」
「…賢いやつだな、セイリーン。私のことを覚えているのか?」
しかも、リシャールは最初シャイアには答えず、セイリーンを優しく撫でた。セイリーンもうれしそうに、リシャールに鼻をおしつけている。 その仲睦まじい様子を見て、シャイアの怒り―もしくは悔しさ―は、最高潮に達した。
「リシャール様!!」
「ああ、すみません姫君。この馬は、ラウディニアに送るまで私が世話をしていたのですよ。 シャイア姫へ差し上げる馬はどれがいいか、と聞かれて、迷わずセイリーンを選びました。私が戦の時に乗っているヒドゥラの妹馬なのですが、性格が優しすぎて戦には向かないので。でも頭はヒドゥラより良いのです…。な、セイリーン?4年も前なのに、よく覚えていたな!」
「…セイリーンが賢いことくらい、教えていただかなくても知っています!」
「それはそうですね。私よりも姫君の方がセイリーンと長いのですから。毛並みもいいし、幸せそうな顔をしていますよ。可愛がってもらえてよかったな、セイリーン。」
リシャールのほうは、それをアシリッド関係者が見たら仰天するほどに爽やかな笑顔で、この上なく上機嫌だったのだが、シャイアは悔し涙をこらえるのがやっと、という状態である。
「そんな風に、機嫌をとっていただかなくても結構です!セイリーン、いつまでそうしてるつもりなの?!もう、しらないっ!」
シャイアはついに癇癪をおこして、強引にセイリーンから飛び下りてしまった。そうなるとセイリーンも馬ながらあるじの傷心がわかる様子で、直ぐにリシャールから離れてシャイアの後について歩いて行く。「どうしたのですか?」とでも言いたげに、肩のあたりに軽く鼻面を押し付けるセイリーンをシャイアは初め無視していたが、そのうち愛馬の首にぎゅっと抱きつき、リシャールには振り向きもせずに馬房のほうへと歩いて行く。
そして、後に残されたリシャールは、軽くため息をついた。それを見てすっかり慌ててしまっているのは、もちろんメロルである。
「…リ、リシャール殿下…」
「いい。何も言うな、メロル殿。対ラウディニア外交よりも、対シャイア姫の方が余程難しいな…。私はまだまだ、勉強不足ということだ。」
そんな風におっしゃっていましたよ、とは、後でシャイアがメロルから聞いた言葉である。 そして今ため息をつくのはシャイアの方だった。どうしてあんなに子供っぽい態度に出てしまったのだろう、と自分でも不思議に思う。いつも自分の側にいるメロルとセイリーンが、立て続けにリシャールびいきとなってしまったので私は面白くなかったのだろうか、と自己分析までしてしまうシャイアである。
「リシャール様がラウディニアにいるのはあと五日しかない。でも明日と明後日は行事でいっぱいだし、その後はアシリッドの人はみんな一緒に行動するだろうし…。謝る暇があるかなあ…。」
いつもなら、メロルも言っていた通り、反省したらすぐに謝ることができるのだが、リシャールに対しては相当の苦手意識があるらしく、シャイアはどんどん憂鬱になっていった。それは「あんな人に謝るのは嫌」 というような単純な気持ちではない。強いて言えば、「負けを認めたくない」に近い心の動きであった。更に、未だかつて感じたことのないような複雑な感情が、胸の奥に重くわだかまっていることもシャイアは気付いている。
そして止めを刺すかのように、「リシャール殿下はひどく寂しそうな目をしていらっしゃいました。姫様にもお嫌いな方がいらっしゃるのは当然ですが、お優しい姫様に嫌われた相手の方のことは、私はお可哀想に思いますよ。」とやんわりメロルから非難されては、シャイアは居ても立ってもいられないような気持ちになってしまった。
「どうしても謝らなくちゃいけないわ…。でも、いつ、どうやって謝ったらいいのかしら?」
シャイアはまた、何度目かわからない深いため息をついている。
しかしそんなシャイアの気持ちには関係なく夜は着実にふけていき、また新しい朝がやってきた。この日は "聖婚の儀"八日目、ラウディニア国民が待ちに待った、大パレードの日である。