01−16 Shout at the Devil
ドアの軋む音がした。
鷹崎真澄と桐島響子は、恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。
ここは、ヤクザである春園組の事務所。
中は思ったよりも広く、学校の教室を縦に半分したような、細長い部屋だった。
2人が入ったドアはその真ん中に位置しており、右手奥には大きな机が一つ、左には応接間のようにソファーが数個置いてあった。
また、スペースというスペースには本棚が並んでおり、分厚い本やファイルが所狭しと収納されていた。
「結構、ヤクザも綺麗好きなんだな」
真澄がぽつりと呟く。
響子は、「念のため」と言いながらドアに再びロックをした。
閑散とした室内。
不意に真澄が問いかける。
「響子、ここまで来たけど…この事務所内のどこを調べるんだよ?」
「わかんない」
口を尖らせ、響子はそう呟いた。
「私も頑張ったけど、さすがに事務所のどこに何があるかなんて…そこまでは情報収集できなかったの」
「なら…片っ端から探すしかないな!」
溜息を混じらせ、真澄はそう言い放った。
探すべきは、鳳麟学園の教頭・田畑義輝を脅しているネタ。
しかしいくらヤクザといえど、都内でも有名な私立高校の入試問題を流出させようというのだから、そう簡単に証拠を残しているとは限らない。
最悪の場合、組内の限られた幹部しかこの計画の存在を認知していなかったり、または、最も上の人間だけが証拠となる書類等を持っているのかもしれない。
探し始めて30分が経過した頃、真澄はそう思い始めていた。
なにしろ、探すといってもそう簡単なことではない。
本棚には膨大な量の書類やファイルが積まれており、それら全てに目を通すだけもかなりの時間を費やさなければならない。
しかも、ここに人が入った痕跡を残してはならないのだ。
そのため、一度見たものは全部同じように片づけていかなければならないし、なにより、不法に侵入しているというその状況が、精神的に大きな負担になっていた。
背表紙の横幅が10pもあるような厚い本を片づけながら、真澄が口を開く。
「響子…これって、さすがにキリが無いんじゃないのか?」
早々と諦めかけている真澄をよそに、響子は一人で黙々と書類を漁っていた。
その様子をよく見ると、小さな革の手帳と一本のボールペンを片手に作業をしている。
紛れもないそれは、響子の「武器」でもある情報の詰まったあの手帳だった。
思わず真澄は苦笑いを浮かべる。
あいつ…教頭のネタだけじゃなく、自分に使えそうな情報を片っ端から盗んでいってるわけか…。
その時、室内に予期せぬ音が響いた。
それはドアノブから聞こえてきたものだった。
真澄と響子に緊張が走る。
ドアノブが向こうからガチャガチャと回されているが、響子がカギでロックしていたため、開くことはない。
「おい!誰か中にいんのか? いつもの所に鍵が置いてねぇんだよ!」
それは、室内の2人にはまるで悪魔の叫びのように聞こえたのだった。
「…わかった、俺もすぐ行く。それまではそこで待機していてくれ」
そう言って電話を切った立花は、橋の下にあるテントから飛び出した。
土手を登り、走りながら電話をかける。
「正春か? 急ですまないが車を貸してくれ!ああ、今から向かう。場所は…」
「おい…どうすんだよ響子!」
真澄は小声で怒鳴った。
さすがの響子も緊張と不安を隠しきれず、息が荒くなっていた。
「お前の情報が間違いだったのか? 今日ここは休みだって言ったじゃないか!」
2人は思わず、部屋の右手奥にある大きな机の下に隠れる。
冷や汗をかきながらも、響子が口を開いた。
「本当に今日は休みのはずなんだって!あの人…忘れ物でも取りに来たんじゃないの?」
「んな事は知らねぇよ!とにかく、どうすんだよ?」
ドアの向こうでは、春園組の一人と思われる男が、相も変わらずドアノブをガチャガチャと回していた。
「どうするって…そんなの簡単じゃない」
そう言ったのは響子だ。
「…言ってみろよ」
真澄は挑戦的な目で応える。
「この部屋の鍵はまだ私が持ってるんだよ? どっちにしろあの人はここに入れないんだから、諦めて帰るはずよ」
響子の適切な意見に真澄が感心しかけた時、廊下から声が響いて来た。
そうやら、例の男が電話で話しているらしい。
「あ、佐久間さん? すいません、俺ちょっと事務所に財布忘れちまって…。はい、そうです、今来てるんですけど、いつもの所に鍵が無くて…。え? 俺は知りませんよ!えっと…だから、佐久間さんならここの鍵持ってるじゃないですか。だからその…あ、佐久間さんもこっちに用があるんですか? そりゃ良かった。じゃあ俺、ここでもうちょっと待ってるんで。はい、…よろしくお願いします。では…」
「…どうすんだよ、響子!」
机の下で真澄は小声の怒声を放つ。
「……」
響子は、打開策を考えるのに没頭しているようだ。
そして、静かに口を開く。
「こうなったら…。まっすん、強行突破しかないよ」
「はぁ!?」
思わず真澄は目を見張る。
「お前分かってんのか? 相手はヤクザだぞ?」
「でも!このままここでじっとしてても、捕まるだけだよ…」
その言葉に、思わず真澄は身震いした。
冷や汗が流れ、静寂がその場を支配する。
「…分かった」
口を開いたのは真澄だ。
「強行突破だ…!」
ガチャ…。
部屋の外にいた男は、予期せぬ音に視線を向けた。
ドアの鍵が開いたような音がしたが…。
「なんだ? やっぱり誰か中にいるのか?」
舌打ちと共にそう言いながら、男はドアノブに手をかけた。
そしてドアを開ける…。
その途端、何か大きな物体が男の視線を支配した。
続く衝撃。
思わずよろめき、尻もちをつく。
ぼんやりとした視界の中、眼鏡をかけた男と、ポニーテールの女が部屋から駆け出して来た。
「くそっ…!」
悪態をつき、男は立ち上がる。
そして、階段を下りていく2人を追いかけ始めた。
男が立ち去った後の廊下には、用をなした物体が横たわっている。
それは、背表紙の横幅が10pもあるような厚い本だった。
「ナイスピッチング、まっすん!」
階段を駆け下りながら、響子は笑顔でそう言った。
「馬鹿!あんなのちょっとの足止めにしかならないんだよ!いいから速く走れ!」
息を切らしながら真澄が叫ぶ。
一歩踏み外せばドミノ倒しになりそうなスピードで、2人は階段を下っていく。
「待てこのガキ!」
上からは、それだけで身震いを呼ぶような怒声が響く。
3階…2階…。
階を下るごとに、確実に例の男の足音は近づいていた。
相手は体力には自信があるであろうヤクザだ。
対して、こっちは高校生。それも片方は女である。
「このままじゃ…」
真澄の頭に不安がよぎる。
…1階!
このままビルの外へ逃げれば、2手に分かれるなり、なんとか方法はある。
とにかくビルの外へ…!
その時、二人の目の前に急に人影が現れた。
老婆の2人組だ。
さっきまで誰もいなかったはずの、1階の喫茶店から出てきた客のようだった。
「…なんでこんな時に!」
2人は反射的にスピードを落とす。
その後ろで、ヤクザの男は確実に距離を縮めていた。
老婆達はゆっくりとした足取りで喫茶店のドアを閉めている。
完全に道はふさがれた。
「すいません!ちょっとどいて…」
外では、雨がいっそう激しさを増しているようだった。

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